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「乗ってみないとわからない」を武器にしたタクシードライバーの話【差別化】

先日、移動中にたまたま本革シートのタクシーに乗りました。

乗り込んだ瞬間、正直びっくりしました。革の質感、座った時の感触、車内に漂うわずかな香り。皮革に詳しくない私でも、「あ、これは全然違う」と一発でわかる体験でした。タクシーに乗ってこういう感覚になったのは、初めてだったと思います。

せっかくなので運転手の方に聞いてみると、シートのオプションで当時100〜120万円ほど追加したとのことでした。

正直、最初は「えっ」と思いました。

タクシーというのは、ある意味で最も差別化が難しい仕事のひとつではないでしょうか。料金は規制で決まっている。走るルートも基本的には同じ。車種も似通っている。そして何より、乗ってもらうまで差を見せようがない。乗り場に並んでいる人は、前から来たタクシーに乗るわけです。本革シートかどうかなんて、乗るまでわかりません。

そこに100万円以上を投じるというのは、一見すると割に合わない投資に見えました。


ところが話を続けて聞くうちに、なるほどと思いました。

「企業のお客さんからの評判がいいんです」という一言が出てきたのです。

つまり、個人のお客さん(一期一会の流し客)ではなく、法人の指定利用を狙っていたわけです。企業が「あのドライバーを呼んでほしい」と繰り返し指名する構造になれば、100〜120万円のシートコストも、年間で割っていけば十分に回収できる計算になります。

ただし、これは「お客さんのために良い体験を提供しよう」というだけでは成立しない話だと思います。

観光地を走るタクシーでは、同じお客さんにまた乗ってもらえる機会はほとんどありません。本革シートを用意しても、「あー、気持ちよかった」で終わってしまう。法人リピートが生まれるのは、オフィス街を中心に動いているからこそです。つまりこのドライバーは、乗客のセグメントを絞り、そのセグメントが集まる場所を狙い撃ちしていた。私はそう推測しています。

良い体験の提供と、その体験を届ける場所の選択。この両方が揃って初めて、投資が回収される構造になるわけです。


Webメディアも、まったく同じことが言えます。

良い記事というのは、読んでもらうまで伝わりません。検索結果に並んでいる段階では、タイトルとメタディスクリプションしか見えない。その記事がどれだけ丁寧に書かれているか、どれだけ実務に根ざした視点があるか、読む前には誰にもわかりません。

ただ、読んだ人だけが次も来る。

これがオウンドメディアの本質だと私は思っています。1回読んで「この人の記事は信頼できる」と感じた読者は、次に困ったときにまたここへ来ます。企業の担当者がタクシードライバーを指名するのと、構造は同じではないでしょうか。

でも同時に、どのキーワードで、どの読者に届けるかという「場所の設計」がなければ、どれだけ質の高い記事を書いても読まれません。本革シートがオフィス街でこそ機能するように、良いコンテンツも「届く場所」に置かれて初めて意味を持ちます。

質の高いコンテンツと、狙う場所の設計。どちらが欠けても、投資は空回りします。私がコンサルで両方を同時に考える理由は、ここにあります。


もうひとつ、このタクシードライバーの話で気になったことがあります。

100〜120万円という投資額を、年間コストに換算して「許容範囲」と判断していた点です。これは当たり前のように聞こえますが、実際には多くの企業がコンテンツ投資をこの視点で見ていません。「月に何本記事を作ったか」「今月のPVはいくらか」という短期の数字で判断しようとする。

本革シートは、乗った初日に元が取れるわけではありません。でも、積み重なった評判が法人の指名につながり、長期で回収される。Webメディアのコンテンツ投資も、まったく同じ時間軸で考えるべきものだと思います。


「乗ってみないとわからない」というのは、一見すると不利な条件に聞こえます。でも裏を返せば、乗った人にしか伝わらない体験を作れれば、それ自体が参入障壁になるということでもあります。

誰でもすぐ真似できる差別化は、差別化ではありません。手間とコストをかけて積み上げたものが、じわじわと「この会社を選ぶ理由」になっていく。

移動中のタクシーで、そんなことを考えた一日でした。

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