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顧客は自分の課題を知らない。気づきを与えるオウンドメディア戦略

正直に言うと、自分のテニスの動画を初めて見たとき、しばらく言葉を失いました。

数年前にテニスを始めて、自分なりにはそれなりに様になっていると思っていました。ところが、コートの隅にスマホを置いて撮ってもらった映像を再生してみると、サーブもストロークも、頭の中で思い描いていたフォームとはまるで別物でした。「うまく打てている自分」と、画面に映る「実際の自分」が、これほど離れているのかと驚いたわけです。

この「イメージと現実のズレ」は、英語でもまったく同じことが起きます。

「留学すればなんとかなる」と思っている人ほど、現地でつまずく

私はこれまで、多くの留学生と話をしてきました。そして自分自身も含めて、留学前の多くの人が同じことを口にします。「現地に行けばなんとかなるだろう」「これまで何年も英語を習ってきたんだから、多少は話せるはずだ」と。

ところが実際に留学すると、自分の英語があまりに通じないことにショックを受けます。欧米のグループクラスでは、翌日から教室に来なくなってしまう人の話も、何度か聞きました。みんなの前で話すプレッシャーのなかで、思っていた自分と本当の自分の差を、いきなり突きつけられるからだと思われます。フィリピン留学はマンツーマン中心なので、そこまで極端な例は少ないのですが、欧米のグループ環境では珍しくありませんでした。

やっかいなのは、自分の話し方のクセに、自分ではなかなか気づけないことです。試しに、自分が話した英語を一言一句ノートに書き起こしてみると、文法の間違いがいくつも見つかりますし、毎回ほとんど同じ構文ばかり使っていることにも気づきます。話している最中の自分は、それにまったく気づいていないのです。

Versantを受けた人が、そろって「思ったよりできなかった」と言った

以前、あるプロジェクトで、英語のスピーキング力を測るVersantというテストをコースに導入するかどうか、という話が出たことがあります。Versantは、Pearson社が提供しているAI採点型のスピーキング・リスニングテストで、発音や流暢さ、文法、語彙などを自動で採点し、CEFRなどの国際基準に対応したスコアを出します(参考:Pearson Languages 公式Versant 公式テストガイド)。

導入を判断するために、まず数名で受けてみて、感想を集めました。すると、全員がほぼ同じことを言ったのです。「もっとできると思っていた。正直、結構ショックだった」と。

つまり、多くの人は、自分が思っているよりも英語が話せていません。そしてその事実に、テストのような客観的な物差しを当てるまで、自分では気づけないわけです。

これは「ダニング=クルーガー効果」として知られている

この現象には、よく知られた研究があります。1999年に、コーネル大学のジャスティン・クルーガーとデヴィッド・ダニングが発表した「Unskilled and Unaware of It(能力が低く、そのことに気づいていない)」という論文です(参考:原論文(Journal of Personality and Social Psychology, 1999)ブリタニカ)。

この研究では、能力の低い人ほど自分の能力を高く見積もる傾向があり、その原因は「メタ認知」、つまり自分を客観的に評価する力が足りないことにあると説明されています。実験では、成績が下位だった人(たとえば下から12%ほどの層)が、自分を平均よりかなり上の62%相当だと評価していた、という結果が報告されています。

ちなみに、この効果については「統計的な見かけ上のものではないか」という批判もあり、学術的にはまだ議論が続いています(参考:Scientific American)。ですので、ここでは「人は自分の力を正しく見積もれないことがある」という一点だけを、お借りしたいと思います。私のテニスのフォームも、留学前の英語も、まさにこれだったのだと思います。

マーケティングでも、顧客は自分の現状に気づいていない

ここからが本題です。この「自分のことが見えていない」という話は、そのままマーケティングに当てはまります。

私たちがお客さんに何かを届けようとするとき、お客さんの多くは、自分が今どういう状態にあるのか、何を損しているのかに、はっきりとは気づいていません。テニスのフォームを動画で見るまで気づかなかった私と、同じ状態にあるわけです。

だから、いきなり商品を売り込んでも、なかなか響きません。まず、相手に自分の現状を見てもらうところからが出発点になります。

PASONAの法則の「P」と「A」が、なぜ最初に来るのか

コピーライティングに、神田昌典さんが提唱したPASONAの法則という有名な型があります。Problem(問題提起)、Agitation(扇動)、Solution(解決策)、Narrow down(絞り込み)、Action(行動)の頭文字を並べたものです(参考:リコー ダイレクトマーケティングラボ)。神田さんは2016年の著書『稼ぐ言葉の法則』で、この2番目のAをAgitation(煽り)からAffinity(親近感)へと改めた「新・PASONAの法則」も示しています。

注目したいのは、解決策(Solution)よりも前に、問題提起(Problem)と、その問題への気づき(Agitation/Affinity)が置かれていることです。順番として、売り込みは後なのです。

煽る、という言葉はあまり良い響きではありませんし、過度にやれば信頼を失います。ただ、本質はそこではないと思っています。要は、相手が自分でも気づいていない現状を、客観的な事実として丁寧に見せてあげる、ということです。

「世の中にはこういうやり方でうまくいっている例がある」「あなたの今の状態と、こういう差がある」。こうした見せ方は、『金持ち父さん貧乏父さん』のような本が昔から使ってきた、わかりやすい手法でもあります。比較によって、自分の立ち位置が初めて見えてくるわけです。

売り込む前に、まず客観的な事実を伝える

ここで気をつけたいのは、相手を不安にさせて煽り立てることが目的ではない、という点です。Versantのスコアがそうだったように、客観的な事実を一つ差し出すだけで、人は自分の現状に気づきます。

私のテニスも、誰かに「下手だ」と言われたわけではありません。ただ動画という事実を見ただけで、裸の王様だった自分に気づけました。マーケティングの最初の仕事も、これと同じだと思っています。叱るのでも煽るのでもなく、客観的な事実を、相手が受け取れる形で差し出すこと。

オウンドメディアの記事は、まさにこの役割を担えます。商品を売り込む前に、読んだ人が「自分は今こういう状態なのか」と気づける情報や視点を、淡々と置いておく。その積み重ねが信頼になり、「この分野ならこの会社」と思い出してもらえる場所になっていきます。

検索順位を上げることも大事ですが、その先で目指したいのは、顧客の頭の中に自社のポジションを作ることです。そしてそのスタートは、相手に現状を客観的に気づいてもらうところにあります。

Webメディアを、会社の中に育てる。

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