Skip to main content Scroll Top
  • Home
  • ブログ
  • 日本がオランダと引き分けた理由は、采配より「人選にかけた量」

日本がオランダと引き分けた理由は、采配より「人選にかけた量」

オランダ相手に2-2、土壇場で追いついた初戦

2026年6月14日(日本時間15日)、ワールドカップ北中米大会の1次リーグ初戦で、日本代表は準優勝3度の強豪オランダと対戦し、2対2で引き分けました。後半に2度先行を許しながら、57分に中村敬斗が同点に追いつき、88分には小川航基のヘディングが鎌田大地に当たってゴールに吸い込まれ、土壇場で再び追いつく展開でした。結果は引き分けですが、強豪を相手に勝ち点1をもぎ取った一戦でした(日本経済新聞の試合記事)。

やっぱり森保ジャパンはすごいな、と素直に思いました。ただ、私がこの代表に「強いはずだ」と感じる理由は、試合そのものとは少し違うところにあります。

ドーハの悲劇の当事者が、いま監督として立っている

ワールドカップの直前、テレビで日本代表と森保監督を特集した番組を見ていました。私はサッカーを小学校から続けてきて、中田英寿選手の全盛期と一緒に時間を過ごしてきた世代です。それでも知らなかったのですが、森保監督があの「ドーハの悲劇」のとき、選手としてピッチに立っていたことを、その番組で初めて知って驚きました。

ドーハの悲劇は1993年10月28日、後半アディショナルタイムの失点でワールドカップ初出場が幻に終わった、日本サッカー史のターニングポイントです。森保監督はその試合に出ていた、いわゆる「ドーハ組」のひとりでした(サッカーキングの記事)。当事者だった人が、いまは監督として同じ舞台に立っている。それだけでも見ていて感慨深いものがありました。

「家でも映像を見て分析している」という素顔

ただ、その番組や周辺の報道を見ていて、私が一番「あ〜やっぱり」と納得したのは、別のところでした。森保監督が、選手を選ぶために、とにかく映像を見続けているという話です。

2026年4月に放送された日本テレビ系『踊る!さんま御殿!!』では、3人の息子さんが、父は家でも真剣に試合を見て分析していると明かしていました(スポーツ報知の記事)。家族からこう言われるということは、仕事の時間だけでなく、家にいる時間ですら映像と向き合っているということではないでしょうか。

森保監督が代表選考にかけている量

これは家族の証言だけの話ではありません。森保監督自身の言葉にも、同じ姿勢がはっきり出ています。

2024年11月、約1年ぶりに古橋亨梧を代表に呼んだとき、その理由を問われた森保監督は、古橋のプレーはスタッフが現地で見て、毎試合映像でも確認してきた、という趣旨を語っています(Goal.comの記事)。代表から外れている選手についても、現地と映像の両方で追い続けているということです。

なぜそこまでするのか。カタール大会後のJFA公式インタビューに、ひとつの答えが出ていると思います。森保監督は、海外組が多い代表では全員がそろって練習できるのは試合前日の一度だけで、限られた時間のなかで映像を見せながら、選手の意識をクラブから代表へ切り替えてもらう作業が難しかった、と振り返っています(JFA公式インタビュー)。

代表は、限られた時間のなかでチームとして作り上げるものです。だからこそ、単純な実力だけでなく、「この選手は代表として機能するか」という見極めが重くのしかかります。森保監督が映像を見続けているのは、まさにこの見極めの精度を上げるための時間なのだと思います。

量をやる人が全員勝つわけではない、という前提

ここで少し立ち止まりたいのです。「量をやれば結果が出る」という話には、よく誤解がつきまといます。

正直に言うと、量を出した人が全員、結果を出せるわけではありません。たくさん動いても報われない人はいます。ただ、逆から見ると景色が変わります。結果を出している人をたどっていくと、どこかの段階で、まわりが引くほどの量をやっている。コスパやタイパという物差しとは別のところで、寝る間を惜しんで手を動かしている時期がある。私が見てきた限り、これはかなり当てはまります。

森保監督は約8年にわたって代表を率い、勝率は約70%で、歴代の日本代表監督のなかでも最も勝っている指揮官です(日本経済新聞Number Web)。これだけの成果が、人徳や試合中の采配だけで生まれているとは思えません。そもそも人を選ぶ時点で、人が考えられないほどの量を注いでいる。歴代の監督のなかでも、人選にかけた時間はかなり上位なのではないか、というのが私の見立てです(ここは私の推測で、裏付けのある数字があるわけではありません)。

ウェブ集客の「量」は、記事数のことではない

ここから自分の仕事の話に引きつけます。

ウェブの世界でも「量をやらないと結果は出ない」とよく言われます。私もそう思っています。ただ、これを「とにかく記事を増やすこと」だと受け取ると、たいてい空回りします。記事の本数を積んでも、戦う場所がずれていれば成果につながらないからです。

森保監督の量は、人選に注がれていました。誰を選ぶか、という最も上流の工程に、膨大な時間をかけている。ウェブでいう量も、本来はこれに近いはずです。記事の本数そのものではなく、どの市場・どのポジションで戦うかを見極めるための調査と観察、そしてそれを続ける時間。ここに量を注いでいるかどうかで、後から積み上がるものがまるで変わってきます。

正しいポジションを選ぶための量、続けるための量

代表は限られた時間でチームを作ります。だからこそ、誰を選ぶかという見極めが効いてきます。ウェブメディアも同じで、限られた予算と時間のなかで、どの棚でトップを取りにいくのかという見極めが、後の成果をほぼ決めてしまいます。

そして、見極めたあとに効いてくるのが、続ける量です。ライバルはまず出てきますが、続けられる人はそれほど多くありません。森保監督が休みの日でも映像を見続けるように、見極めた場所で観察と改善を淡々と続けられるかどうか。これが、時間を味方につけられるかの分かれ目になります。

Webメディアを、会社の中に育てる

森保ジャパンの強さを、人徳や采配だけで語るのは、たぶんもったいないのだと思います。その手前に、人を選び抜くための尋常でない量がある。私たちのウェブの仕事に置き換えるなら、どの場所で戦うかを見極めるための量と、それを続ける量です。

記事を増やすことが目的ではありません。正しい場所を選び、そこで観察と改善を続けること。その積み重ねが、検索順位だけでなく、顧客の頭の中に「この分野ならこの会社」というポジションを作っていきます。

Webメディアを、会社の中に育てる。

Recent Posts

Clear Filters

コーヒー一杯が、となりの安いカフェの倍ちかい。それでも珈琲館は30年続いています。スタバは「遊園地」、コメダは「ファミレス」、では珈琲館は何屋なのか。値段でも知名度でもなく「一杯」に払わせる立ち位置を、Web集客とポジショニングの視点で読み解きます。

6つのAIに同じ質問をしたら、答えが見事に割れました。検索で1位を取ってもAIに引用されない時代に、オウンドメディアで選ばれる人は何が違うのか。AI本人に勝ち方を聞いた記録から、AI検索時代の戦い方を考えます。