パソコンの奥に、ずっと開いていないフォルダがありました。
家族旅行の写真、一人で留学していた頃の記録、仕事で残してきたメモ。ためるだけためて、見返すことはほとんどありませんでした。いま、それをAIの力を借りて、家族で見返せる形と、仕事で使える形にまとめ直しています。
やってみて感じたのは、これは個人だけの話ではない、ということです。どの会社にも、同じように眠っている記録があるはずです。そして、眠っている記録を表に出すハードルが、ここ最近で一気に下がってきています。
お客さんの声や現場の記録は、なぜ今まで眠っていたのか?
お客さんの声や現場の記録が眠っていた理由は、記録はできても、加工にお金と手間がかかりすぎたからです。
たとえば、現場のスタッフに「お客さんとのやりとりを動画で撮っておいて」と頼むことはできました。問い合わせの履歴も、アンケートの自由回答も、社内には自然とたまっていきます。
問題は、記録したあとでした。撮った動画を誰が見返して、どこを切り出し、どう編集してWebに載せるのか。外注すれば費用がかさみ、社内でやろうとすれば担当者の時間が溶けていきます。結果として「撮ったけれど、そのまま」という記録が積み上がっていきました。
AIが入ったことで、記録から発信までの流れが変わりつつあります。
| 工程 | これまで | AIが入った今 |
|---|---|---|
| 記録する | 現場で撮る・メモする(ここはできていた) | 変わらない |
| まとめる | 誰かが見返して整理する必要があった | AIが要約・整理できる |
| 加工する | 編集者や制作会社に頼む費用がかかった | 社内で形にしやすくなった |
| 発信する | 加工待ちで止まりがちだった | 記録から公開までが近づいた |
とくに重たかった「まとめる」と「加工する」の部分が、ぐっと軽くなっています。
現場から発信までがつながると、何が変わるのか?
現場から発信までがつながると、変わるのは生産量です。
記録から公開までの間に、外注先とのやりとりや編集待ちが挟まらなくなります。社内にAIを扱える担当者が一人いれば、現場で撮ったものが、そのままの流れでWebに載るところまで進む可能性が高いと思われます。同じ人数のままで、出せる本数が大きく変わるかもしれません。
だからこそ、まずはこの変化を知ったうえで、量をやることが大事だと考えています。考えすぎて手が止まるより、出しながら直していくほうが前に進みます。
ただし、作れる量が増えても見る側の時間は増えない
量を出せるようになるのは、自社だけではありません。競合も同じ道具を手にするので、世の中に出る発信の総量は増えていきます。一方で、見る側の時間はほとんど増えていません。
総務省情報通信政策研究所が2026年6月に公表した調査では、平日1日あたりのインターネット利用時間は183.9分で、2020年度の149.3分から34.6分増えていました。ところが同じ期間に、テレビ(リアルタイム)の視聴時間は193.2分から156.1分へ、37.1分減っています。2つを足すと、2020年度が342.5分、2025年度が340.0分です。ネットに移った時間はほぼテレビから来ていて、合計はほとんど変わっていないと読めます(ながら視聴もあるため、足した数字はあくまで目安です)。
出典:総務省情報通信政策研究所「令和7年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」(2026年6月26日)発信が増えるほど、1本あたりが見てもらえる時間は薄くなっていくと思われます。
先に頭の中に入った人は、なぜ強いのか?
見る側の時間が限られていると、人は知っている名前、思い出せる名前を選びやすくなります。
ポジショニングの考え方では、人は頭の中のカテゴリーごとに、トップの名前しか覚えにくいとされています。同じ棚にいる限り、後から来た人がどれだけ量を出しても、先に頭の中に入った人の名前が先に浮かびます。
もちろん、ゴリ押しで勝てることもあります。トップの何倍も出し続ければ、追いつく道はあるでしょう。ただ、そのぶん量もコストもかさみます。
もう一つの道は、トップがつまずくのを待つことです。クレイトン・クリステンセンは1997年の著書『イノベーションのジレンマ』で、優良企業ほど既存のお客さんに応えることに力を注ぐあまり、新しい流れへの対応が遅れ、地位を失うことがあると指摘しました。AIを取り込めないトップがいれば、そこには隙が生まれます。
ただ、トップが自分でAIを使いこなしてしまえば、隙は生まれません。待つ作戦は、相手次第の運任せになります。
もっと楽に勝つには、どこで量をやるかを先に決める
量をやる前に決めておきたいのは、どの棚で量をやるかです。
ここで役に立つのが、最初に話したお客さんの声です。お客さんの声は、発信の素材であると同時に、「自社が実際に何として選ばれているか」の記録でもあります。
声を読み返してみると、狙っていなかった層から喜ばれていたり、自分たちが強みだと思っていたのとは別の理由で選ばれていたりすることがあります。会社が名乗っている肩書きと、お客さんが感じている価値が、ずれているということです。
肩書きと価値のずれの中に、トップがまだ立っていない棚の手がかりがあると思われます。今の棚でトップを追いかけ続けるのか、お客さんがすでに見つけてくれている別の棚に移るのか。資産の見直しは、その判断をする材料になります。
私なら、AIで発信を始める前に、手元にたまっているお客さんの声を一度まとめて読み直すところからスタートします。ネタ探しとしてではなく、「自分たちは何として選ばれているのか」を確かめるためにです。そこで見えた棚が、量をやる場所の候補になります。
量の時代だからこそ、立ち位置が効いてくる
AIで、眠っていた記録を表に出すコストは大きく下がりました。量を出せる時代になってきています。
ただし、同じ量を出すなら、どこで出すかで結果が変わります。間違った棚で大量に出せば、消耗するだけです。資産を見直して、自分たちが選ばれている理由と立つべき棚を確かめてから量をやる。そのほうが、ずっと楽に勝てるのではないでしょうか。
この分野ならこの会社と思い出される場所を作る。量の時代に必要なのは、その場所選びだと思います。
なお、生成AIをめぐる環境は今も大きく変わり続けています。この記事の内容は、2026年10月時点での一つの見方として受け取っていただければ幸いです。
….と、偉そうに「量の時代」と書いている私のフォルダ整理は、まだ全然進んでいません苦笑。
