朝、自動販売機の前に立ったとき、私たちはほとんど迷っていないのではないでしょうか。
ボタンを押すまで、おそらく数秒です。コクがどうとか、香りがどうとか、そんなことをじっくり比べている時間はありません。それなのに、なぜか手が伸びてしまう缶コーヒーがあります。「朝専用」と書かれた、あの赤い缶です。
アサヒ飲料の「ワンダ モーニングショット」。2002年10月2日に、業界で初めて「朝専用」をうたって発売された缶コーヒーです(J-Net21(中小企業基盤整備機構))。マーケティングの世界ではよく知られた事例ですが、改めて見ると、ここにはオウンドメディアやSEOにそのまま当てはめられる考え方が詰まっていると思われます。
味で戦わず、「飲む時間」で市場を切り直した
ワンダが登場した当時、缶コーヒーは「味」で競い合うのが当たり前でした。
それまでのこの市場では、主に2つの軸で商品が考えられていたようです。ひとつは「男性・女性」と「年齢の高い・低い」を組み合わせた顧客の軸。もうひとつは「ミルク・ブラック」と「加糖・無糖」を組み合わせた味の軸です。各社はこのマス目のどこかに自社商品を置き、コクや香り、本格感で差をつけようとしていました(ITmedia ビジネスオンライン)。
ところがアサヒ飲料の担当者は、まったく別のマス目を描いてみせます。「朝・夜」という飲用シーンの軸です。過去の調査で「朝に缶コーヒーを飲む男性が多い」という結果が出ていたことから、思い切って「朝」「ビジネスマン」に振り切った商品をつくってみよう、と考えたとされています(ITmedia ビジネスオンライン)。
ここがまず面白いところです。味のおいしさで真正面から勝負するのをやめ、「いつ飲まれているか」という、誰も棚を立てていなかった軸に移った。同じ缶コーヒーでも、戦う場所をずらしたわけです。
新しい需要を作ったのではなく、すでにある行動に名前をつけた
もうひとつ、見落としたくない点があります。
ワンダは「朝にコーヒーを飲む」という新しい習慣を生み出したわけではありません。人々はもともと、朝に缶コーヒーを飲んでいました。ただ、市場には「朝のための缶コーヒー」という棚がなかった。そこに「朝専用」という言葉を置いたことで、消費者の頭の中に新しい選び方の基準ができたのだと思われます。
すでにある行動に、名前と意味を与えた。これがこの商品の核心ではないでしょうか。
そして、その意味づけを言葉だけで終わらせなかったのも巧みです。発売日からは「グッドモーニング作戦」と名づけたサンプリングを展開し、駅前やタクシー会社、ガソリンスタンドといった、缶コーヒーを飲む人が朝に集まる場所で、全国約1000カ所の配布を行ったとされています(J-Net21)。「朝専用」というコンセプトを、実際の朝の生活動線のなかで体験させたわけです。
結果として、売り上げは発売から1週間で100万ケースを突破し、3カ月後には約500万ケース、1年後の2003年9月には約1500万ケースまで伸びたとされています(J-Net21)。
味の面でも、無理に尖らせていないのが興味深いところです。朝だからといって極端に苦いブラックに振り切るのではなく、スッと飲めてキリッと苦い、毎朝続けられる範囲のバランスに寄せています(アサヒ飲料 商品情報)。尖らせたのは味ではなく、「朝専用」という意味のほうだった、と言えるのではないでしょうか。
絞ったように見えて、実は大きなパイを取りにいっていた
ここで誤解しやすいのが、「朝専用なんて、市場をわざわざ狭めているじゃないか」という見方です。
たしかに立ち位置は鋭く絞っています。けれど、よく考えると逆です。朝は、缶コーヒーがとてもよく飲まれる時間帯でした。アサヒが「朝に飲む人が多い」という調査結果を出発点にしたこと自体が、その証拠です。日経クロストレンドも、飲む時間帯を絞る一方で「仕事に取りかかる前の1本」という習慣を提案したことが奏功した、と整理しています(日経クロストレンド)。つまりワンダは、狭い場所を取りにいったように見えて、実は大きな塊を押さえにいっていたわけです。
これは、私が以前に手がけたセブ島留学のメディアでも、まったく同じことをしていました。
当時、検索される言葉としては「フィリピン留学」のほうがずっと大きく、「セブ島留学」とは差がありました。普通に考えれば、大きいほうの「フィリピン留学」を狙いたくなります。けれど私は、あえて「セブ島留学」のほうを看板に選びました。理由は単純で、肌感として、フィリピン留学の実需の7割から8割はセブ島留学だと分かっていたからです。言葉は小さく見えても、中身は大きかった。
しかも当時は、留学エージェントも語学学校も、「セブ島留学」を自分のサイトのタイトルに掲げていませんでした。みんな「フィリピン留学」と書いていたのです。空いている看板でした。だから私はそこに旗を立てました。後日、いくつかのエージェントさんから「当時は驚きました」と言われたのを覚えています。
クラフトボスも、大きくなりつつあったシーンに最初に旗を立てた
もう少し最近の例も挙げておきます。サントリー食品インターナショナルが2017年に発売したペットボトルコーヒー「クラフトボス」です。
缶やカップが主流だったコーヒー市場に、透明なラベルのペットボトルと、仕事をしながら飲み続けられるすっきりした味わいという新しいかたちを持ち込み、発売から1年で1500万ケース、本数にして3億6000万本という大きなヒットになったと報じられています(ITmedia ビジネスオンライン)。
ここで効いているのも、味の勝負ではありません。サントリー自身が、働き方改革を背景にオフィスワーカーを中心とした「ちびだら飲み」という新しい飲用スタイルを生み出した、と説明しています(サントリー ニュースリリース)。短時間で飲み切る缶ではなく、デスクで長くちびちび飲む。その大きくなりつつあったシーンに、最初に名前と形を与えたわけです。
ワンダやセブが「すでにあった大きな塊」を取りにいったのに対し、クラフトボスは「これから大きくなるシーン」に最初に旗を立てた。向きは少し違いますが、空いている大きな場所に、誰よりも早く名前をつけたという芯は同じだと思われます。
見た目は狭い、中身は大きい、看板は空いている、入り口は広い
ここまでの3つの例には、共通する型があります。私がコンサルで市場を見るときに、まず探しているのもこれです。
狭く見える言葉を見つけたら、3つを確かめます。
ひとつ目は「中身の大きさ」です。その言葉は見た目が狭いだけで、実はカテゴリーの需要の大半を抱えていないか。
ふたつ目は「看板の空き」です。その言葉を、まだ誰も自分の看板、つまり商品名や記事タイトルに掲げていないか。
三つ目は「入り口の広さ」です。その言葉を選んでも、お客さんや読者の入り口は狭まらず、広いままか。
ワンダの「朝専用」も、私のセブ島留学も、この3つがそろっていました。見た目は狭い。でも中身は大きく、看板は空いていて、入り口は広い。だから絞ったのに、かえって伸びたわけです。
逆に言えば、ただ狭くするだけでは意味がありません。中身まで小さい言葉を選べば、本当に客が減ります。看板がすでに埋まっていれば、強い相手と正面からぶつかります。入り口まで狭めれば、来てくれる人を自分で減らします。この3つを取り違えないことが、絞り込みの肝だと思われます。
これはオウンドメディアでも同じことが言える
ここまで読んで、缶コーヒーや留学の話だと思って読み流していた方も、少し引っかかってきたのではないでしょうか。
オウンドメディアやSEOでも、まったく同じ型が使えます。多くの担当者は「味」で勝負しようとします。記事の本数を増やし、文章の質を上げ、検索ボリュームの大きいキーワードに正面から挑む。大手と同じ土俵で、同じ武器で殴り合おうとするわけです。
けれど、その土俵にはすでに強い相手がいます。たとえばヨガのジャンルには、雑誌も持つ「ヨガジャーナル」という強いメディアがあります。私がヨガのメディアに関わったときは、ポーズ紹介やダイエットで正面から戦うことはしませんでした。相手が手をつけていない「資格・キャリア」という側面に絞り、そこで上位を取りにいきました。PVの総量では大きく差をつけられていても、資格まわりではきちんと読まれ、ポジションを築くことができたのです。
ですから、大きなキーワードを正面から取りにいく前に、先ほどの3つの問いを当ててみてください。見た目は狭くても中身が大きく、まだ誰も看板にしておらず、読者の入り口が狭まらない言葉。そういう棚を見つけて、そこで「この話ならこのメディア」と想起される存在になる。順位そのものより、読み手の頭の中に棚をつくることが先です。
そして、その棚を取ったあとに効いてくるのが継続です。立ち位置が定まらないまま走り出したメディアは、たいてい1年か2年で失速します。逆に、正しい棚を取った上で続けられれば、時間はこちらの味方になります。ワンダの「朝専用」も、一度棚を取ってから長く続けられたからこそ、定番として残ったのだと思われます。
まとめ
ワンダ モーニングショットが教えてくれるのは、「おいしさで勝てないなら、戦う軸そのものを変えればいい」という発想です。味ではなく時間で切り直し、すでにある行動に名前を与え、立ち位置は絞りつつ入り口は広く開けておく。
そして、その絞り込みが効くかどうかは、3つで見分けられます。見た目は狭いか、中身は大きいか、看板は空いているか、入り口は広いか。ワンダもセブもクラフトボスも、ここがそろっていました。
オウンドメディアでも、やることは同じだと思われます。大手と同じキーワードで殴り合う前に、この3つを満たす棚を探す。そこで想起される存在になり、淡々と続けていく。
検索順位を上げることがゴールではありません。お客さんの頭の中に、「この分野ならこの会社」という棚をつくること。そこまで持っていって、はじめて記事は資産になります。
Webメディアを、会社の中に育てる。











