この記事は「ブランディングの科学」シリーズの番外編です。理論編は第1弾(ロイヤルティ論争)・第2弾(差別化論争)・第3弾(実例編)をご覧ください。今回は、その3回で見てきたフレームワークを、私自身の昔の失敗に当てて「答え合わせ」してみる回です。
正直に言うと、あのサイトで食べていけるとは、まったく思っていませんでした。
これは、私が十数年前に作った「セブ島留学」のオウンドメディアの話です。みんなが「フィリピン留学」という大きな市場を狙うなかで、私はあえて狭い棚に絞りました。今日はその、ニッチ戦略で一度は一番を取り、そして自分の手で薄めてしまうまでの一部始終を、正直に書きます。オウンドメディアを「どこに絞って育てるか」で迷っている方には、きっと役に立つはずです。
ここまで3回、ディズニーやスターバックス、ミスタードーナツといった有名ブランドを解剖して、「まずポジション(独自の立ち位置)を取るのが先で、広く知ってもらう努力はその後で効く」という話をしてきました。他人のブランドの話ばかりしていたのですが、あるとき、ふと思ったんです。同じ目で、自分の昔のサイトを見たらどうなるんだろう、と。
見てみたら、笑ってしまいました。成功も、失敗も、3回で書いてきたフレームワークで、驚くほどきれいに説明できてしまったからです。今日はその話を、自慢ではなく、むしろ失敗の側を中心に、正直に書いてみます。
「フィリピン留学」ではなく「セブ島留学」と切り出した
もう10年以上前の話です。当時、フィリピンへの語学留学が少しずつ知られ始めていて、ネット上には関連サイトがぽつぽつ出てきていました。ただ、そのほとんどが「フィリピン留学」というキーワードでタイトルを作っていました。国の名前で、大きく構える。みんなそうしていたんです。
私はそこで、あえて「セブ島留学」という、もっと狭いところに絞って切り出しました。フィリピンという国ではなく、セブ島という一つの地域。検索ボリュームでいえば「フィリピン留学」のほうが明らかに大きい。普通に考えれば、大きいキーワードを狙ったほうが、人はたくさん来ます。それでも私は、狭いほうを選びました。
正直に言えば、当時から教科書どおりに机の上で戦略を組み立てていたわけではありません。ただ、「フィリピン留学」で正面から大手と戦っても勝てる気がしなかったし、自分が実際に見てきたのはセブ島の現場だったので、書けるのはそこだった、という現場感覚から入りました。でも結果として、これは第1弾・第2弾・第3弾で繰り返し出てきた「広いキーワードで戦わず、狭い棚に絞って、そこで一番を取る」という動きそのものでした。ミスタードーナツがドーナツ専門店という棚を持ち、ワンダが「朝専用」という棚を作ったのと、構造は同じです。たぶん「セブ島留学」という棚をはっきり切り出したのは、当時の私が最初のほうだったと思います。少なくとも、私の周りには見当たりませんでした。
周りが後から気づいた ―「それで行けるんだ」という言葉
面白かったのは、周りの反応です。
当時、セブ島の情報を扱う総合サイトの最大手がありました。観光も、不動産も、語学留学も、現地のあらゆる情報を幅広く扱って、しっかり成り立っているサイトです。私はそこに、「語学学校の紹介」という一点だけに絞ったサイトで、いわば殴り込みをかけた格好になりました。
ずっと後になって、その最大手の方とそんな話をする機会がありました。そのとき相手が、当時のことを「セブ島留学の、しかも語学学校紹介だけのサイトが出てきて、正直びっくりした」「それで(事業として)行けるんだ、と思った」という趣旨のことを言っていたんです。これが、私にはとても印象的でした。
つまり、「そんなに絞って大丈夫なのか」という不安は、私だけのものではなかった。むしろ、すでに広く成功している当事者から見ても、こんなに狭く絞ったサイトが成り立つというのは、意外なことだったわけです。第1弾から繰り返してきた「絞るのは怖い。でも絞ったほうが、その棚では強くなる」という話は、こういう生々しい反応として返ってきます。絞ることは、外から見るとたいてい「無謀」に見えるんです。
正直、ここまで稼げるとは読めませんでした
ここは、見栄を張らずに書いておきたいところです。
誤解のないように言うと、まったくの無策で始めたわけではありません。勝ち筋は、ある程度見えていました。ライバルはみんな「フィリピン留学」という大きいキーワードしか見ていなくて、「セブ島留学」という絞った棚は空いている。しかも当時、セブ島で実際に留学する人の役に立つ現地のリアルな情報は、ほとんどどこにもありませんでした。だったら、留学を考えている人や現地の留学生が、一定数は読んでくれるはずだ――そう踏んでいました。
「セブ島留学」というキーワードも、数百くらいの検索はありました。大きくはないけれど、ゼロではない。そしてフィリピン留学そのものは、体験として本当に素晴らしいものでした。だから、この市場はこれから伸びていくはずだ――市場の価値自体は、自分なりに理解していたつもりです。加えて、留学エージェントがどうやって売上を立てているかも知っていたので、何かしらお金が落ちる仕組みは作れるだろう、とも思っていました。
ではなぜ「稼げると思っていなかった」のか。読めなかったのは、勝てるかどうかではなく、「どのくらいの規模になるか」のほうでした。当時はそもそも、フィリピン留学を一本に絞って、広告だけで売上を立てているところが、一つもなかったんです。お手本になるスキームが存在しなかった。だから始めたときは、月に数十万円も入ればラッキーかな、くらいのイメージでした。それが事業として成り立つ規模まで伸びるとは、正直、読み切れていませんでした。
そして、これは後から分かったことですが、「エージェントではない」という立ち位置そのものが効きました。どこの語学学校にも属さない、公平な情報を出すメディアだったことを、かなり多くの語学学校の経営者が喜んでくれたんです。売る側ではない場所に立ったことが、結果として信頼につながった。勝ち筋は見えていた。でも、そこまで含めて「最初から全部読み切っていた」と言うと、それは嘘になります。どこまで伸びるかは、走りながら分かっていった、というのが正直なところです。
運もありました ― 市場そのものが伸びた
もうひとつ、正直に書いておかなければいけないことがあります。運です。
「セブ島留学」という棚に絞って立っていたら、その後、セブ島留学という市場そのものが伸びていきました。もともとパイはありましたし、検索するキーワードも存在はしていました。今ほど激しい競争ではなかったけれど、ゼロではなかった。そこに早めに、しかも一点に絞って立っていたので、市場が成長したときに、その追い風をまるごと受けることができたんです。
これは第3弾で話した「ポジションを取ったあと、その地位を維持し、広げる」という後工程が、市場の成長と重なって効いた、ということだと思います。ただ、伸びるはずだとは思っていても、どこまで伸びるか、いつ伸びるかまでは、やってみないとわかりませんでした。だから、ここは「正しく絞ったから必ず勝った」という話ではなく、「正しく絞ったうえで、市場の伸びという追い風にも恵まれた」という話です。読みと運の両方がそろって、はじめてうまくいきました。
広告は打たなかったけれど、面でも取りにいった
ここは、シリーズの結論とつながるところです。
私はこのサイトで、いわゆる広告はほとんど打っていません。お金をかけて認知を買う、ということはしませんでした。その代わりにやったのが、SEOです。検索で読まれる記事を、とにかく数多く作って、検索結果という「面」を押さえにいきました。
これを第2弾・第3弾の言葉で言い直すと、こうなります。「セブ島留学」という独自の立ち位置(縁)を先に取り、そのうえで、記事を量産して想起と入手性(床)を積み上げた。ポジションが先、物量が後という、あの順序です。スターバックスがCMの代わりに店舗網で“面”を取ったのと、やっていることの構造は似ています。私の場合、その“面”が、街角の店舗ではなく、検索結果の一覧だった、というだけです。
正しい棚に立ったうえで、その棚の中を地道に埋めていく。派手さはありませんが、これが一番効きました。
これも後から複数の人に言われたことですが、当時「セブ島関連で何を検索しても、あなたのところが出てくる」と、何人かに言われました。それくらい、私はこの「セブ島留学」という棚を、思いつくかぎりの関連する切り口まで、しつこく掘り下げて記事にしていったんです。横に広げるのではなく、ひとつの棚を深く掘る。狭く絞ったぶん、その中だけは誰に対しても答えを返せる状態にする。それが、私にとっての「面を取る」ということでした。
ここから、失敗します ― 名前を変えてしまった
ここまでは、うまくいった話です。ここからが、本当に書きたかった失敗の話です。
私はあるとき、そのサイトの名前を変えてしまいました。理由はいろいろあったのですが、結果として、せっかく「セブ島留学といえば、ここ」という記憶を作りかけていたのに、その看板を自分で下ろすようなことをしてしまった。
第2弾で、独自資産(ロゴ・名前・色のような、ひと目で“あれだ”と分かる記号)は、ブレさせず一貫して育てるほど効く、という話をしました。名前は、その独自資産の中でも、いちばん大事なものの一つです。それを途中で変えるというのは、積み上げてきた「思い出してもらう力」を、自分の手で一度リセットするのに近い。当時の私は、その重さを甘く見ていました。看板を変えれば、お客さんの頭の中の記憶も、少なからず書き換えが必要になります。その負担を、軽く考えていたんです。
もうひとつの失敗 ― 多角化に走った
そして、もっと尾を引いたのが、多角化です。
サイトがある程度うまくいくと、欲が出ます。「この勢いなら、隣の分野でもいけるんじゃないか」「もっと広いテーマで記事を書けば、もっとお客さんを取れるんじゃないか」。そう考えて、私は、もともとの「セブ島留学」とは関係の薄いテーマにまで、記事を広げていきました。
結果から言うと、これがよくなかった。関係の薄い記事が増えたことで、サイト全体が「何のサイトなのか」ぼやけていきました。検索エンジンから見ても、「セブ島留学の専門サイト」だったはずが、あれもこれも扱う雑多なサイトに見えるようになった可能性があります。SEO的にダメージを受けた可能性は、正直、否定できません。
これは、第3弾でミスタードーナツやドトールが「ひとつの棚を取って、そこを守り続けた」のと、ちょうど逆の動きです。アル・ライズとジャック・トラウトが「ブランディングは拡大ではなく収縮から始まる(フォーカスの法則)」と言ったのは、まさにこのことだったのだと、自分が痛い目を見てから、ようやく腹で理解しました。絞って一番を取った棚を、自分から薄めにいってしまったわけです。
教訓 ― わかっていても、難しい
ここから得た教訓は、シンプルです。
ひとつのテーマで一番を取れたら、多角化に走らず、そこを守り、深め続けるほうがいい。広げたくなったときこそ、いったん止まる。これが、自分の失敗から得たいちばん大きな学びです。
これは、自分の失敗だけの話ではありません。クライアントでも、それ以外でも、うまくいったコンセプトを無理やり広げて拡大を図ろうとする場面を、私は何度も見てきました。そして正直に言うと、自分の事例も他人の事例も含めて、それでうまくいっているところは、少ないように思います(大企業のことは、私にはわかりません)。だから、頭ごなしに「やるな」と言うつもりはありませんが、私自身は「やらないほうがいい」と思っています。どうしても新しい領域に出たいなら、既存のサイトに混ぜ込むのではなく、別のサービスとして、別の棚で、ゼロから立ち上げるべきだ、というのが今の私の考えです。混ぜると、せっかく一番を取った棚まで、一緒にぼやけてしまうからです。
ただ、これは「わかっていても、難しい」んです。うまくいっているときほど、人は欲が出ます。「まだいける」「もっといける」と思う。隣の芝生が、よく見える。私自身、いまでも油断するとこの誘惑に引っ張られます。私も、やって失敗した側の人間です。
しかも、守りに入って一つの棚を深めればいい、という単純な話でもありません。第3弾で、「機能で立っている者は、もっと安くて十分なものが下から出てきた瞬間に食われる」という話をしました。いわゆるイノベーションのジレンマです。たとえば当時でいえば、インスタグラム、ツイッター、YouTube、TikTokといったSNSがそうでした。これが本流になるのかどうか、まだ誰にもわからない。でも一方で、「これからはSEOからの流入がSNSに奪われていく」とも言われ始めていて、実際にインスタでうまく集客する事例も、ちらほら出てきていた。取り入れるべきか、様子を見るべきか――この判断が、本当に難しいんです。せっかく取った「セブ島留学」というポジションも、油断すれば、より特化した誰か、あるいは時代に合った新しい入り口(プラットフォーム)に、下から崩されうる。
守ると同時に、足元を脅かす新しい流れにも、目を配り続けなければいけない。深めながら、外も見る。これは口で言うほど簡単ではありません。だからこそ、はっきり書いておきたいんです。一番を取ったあとのほうが、本当はずっと難しい。取るまでよりも、取ってからのほうが、判断の連続で、ずっと神経を使います。
それでも、フレームワークを過信はしない
ここまで読むと、「ポジションを絞って、多角化せず、一貫して続けろ」というのが唯一の正解のように聞こえるかもしれません。でも、最後にこれだけは書いておきたいんです。
フレームワークは、過信しないほうがいい。
私の昔の話が、3回ぶんのフレームワークできれいに説明できてしまったのは事実です。でもそれは、あくまで「後から振り返ると、そう読める」という話です。多角化して、それがうまくいく会社だって現実にはあります。絞りすぎて、市場が小さすぎて沈むこともあります。私の場合は、たまたま絞ったことが効き、たまたま多角化が裏目に出た。そこに運の要素があったことは、何度でも正直に書いておきたい。
フレームワークは、未来を保証する魔法ではありません。むしろ、過去の自分の判断を「あれは何が効いて、何が裏目に出たのか」と整理し直すための、答え合わせの道具として使うのがいちばん面白いと思っています。そうやって自分の経験を一度ことばにしておくと、次に似た岐路に立ったとき、ほんの少しだけ、判断がぶれにくくなります。
私がいまも、お客さんのサイトで「まず、どの棚に立つかを決めましょう」という話からしつこく始めるのは、こういう自分の失敗があるからです。きれいごとではなく、自分で看板を下ろし、自分で多角化して薄めた経験があるからこそ、ポジションを先に決めることの重さを、身をもって知っています。
検索順位だけでなく、お客さんの頭の中に、自分のポジションを作る。そして一度作ったら、簡単に手放さない。遠回りに見えますが、これが結局いちばん効く、というのが、自分の失敗から得た、いつわらざる結論です。






