はじめに:理論を、実在するブランドにぶつけてみる
スターバックスのテレビCMを、最後に観たのはいつでしょうか。思い出せない人がほとんどだと思います。実は、ほぼ出していないからです。それでもスターバックスは強い。ではあの強さは、何が作ったのでしょうか。
第1弾・第2弾では、バイロン・シャープの『ブランディングの科学』をめぐる理論どうしの殴り合い(ロイヤルティ論争・差別化論争)を見てきました。どちらも面白い理屈でしたが、理屈は理屈です。今回は、そのバイロン・シャープ理論が実際のブランドでも通用するのかを、実在の企業にぶつけて検証します。スターバックス、ミスタードーナツ、ドトールにコメダ珈琲、そしてディズニー、缶コーヒーの「ワンダ」。誰もが知っている有名ブランドを、一社ずつ解剖していきます。この記事を読むと、ポジショニング(独自の立ち位置)と、思い出されやすさ・買いやすさ(シャープの言うアベイラビリティ)の、どちらがブランドの強さを先に作るのかが、具体例でつかめます。
先に正直なことを言っておきます。「この会社はシャープが正しい、こっちは差別化が正しい」と、きれいに貼り分けられたら気持ちいいのですが、現実はそうなりません。見れば見るほど、一社の中に両方が同居している。むしろ、その“きれいに分かれない感じ”をそのまま味わってもらうのが、今回の狙いです。

それでは始めましょう。
この回の見方:毎回ひとつだけ問う
リサーチくん:先生、4社もあると、見るポイントがぶれそうです。
マーケ先生:いい心配です。だから物差しを1本だけ用意しましょう。第2弾の復習からです。差別化は「買う理由」。中身が違う、という話で、お客さんに知覚されて初めて効く。独自性は「ひと目で“あれだ”と分かる記号」。ロゴ・色・形のことで、良し悪しの意味は持たない。ここまではいいですね。
リサーチくん:はい。コーラの赤い缶は「おいしい」とは言っていなくて、「これはコークだ」と分からせるだけ、でした。
マーケ先生:その通り。そのうえで、今回は各社を見るたびに、たったひとつだけ問います。「その強さを作ったのは、どっちが先か」。独自の立ち位置(ポジション)を取ったのが先か。それとも、広く思い出してもらい、買いやすくしたこと(想起・アベイラビリティ)が先か。この「順序」を毎回確かめる。これだけで、ぼんやりした「ブランドが強い」が、ぐっと分解できます。
第1章:ディズニー ― リピーターは「原因」か「結果」か
リサーチくん:まずディズニーです。これは分かりやすいですよね。何度も通う熱心なファンがいる。リピーターを大事にして成り立っている、ロイヤルティ商売の代表だと思います。
マーケ先生:多くの人がそう言います。でも、ここで第1弾を思い出してください。「リピーターが多い」ことと「リピーターのおかげで大きくなった」ことは、別の話でしたね。
リサーチくん:あ……順序の問題だ。
マーケ先生:そうです。まず正直に言うべきことがあります。ディズニーは来園者の内訳を公表していません。「リピーターが何割か」「年間パスの人がどれくらいか」という数字は、実はきちんとした一次データが存在しないんです。ネット上には「リピーターが7割」という説も「2割」という説も転がっていますが、出どころは曖昧で、互いに矛盾しています。だからここでは、その手の数字は使いません。
リサーチくん:数字がないのに、どう語るんですか?
マーケ先生:固い事実だけで語ります。規模です。2023年、ウォルト・ディズニー・ワールド(フロリダ)の来園は約4,960万人。ディズニーのパーク部門全体では、世界で年間およそ1.4億人が訪れています。マジック・キングダムは世界で最も来園者の多いテーマパークです。そして、何十年ものあいだ、作品・キャラクター・音楽・パーク・配信が、すべて同じ世界観を指し示し続けてきた。
出典:Statista、Disney World統計リサーチくん:その規模だと、たしかに「常連だけ」で説明するのは無理がありますね。
マーケ先生:ここが核心です。考えてみてください。映画で、グッズで、音楽で、ディズニーは世界中の人の頭の中に「夢の国」という記憶を、子どものうちから刷り込んでいます。これは第1弾でいうメンタル・アベイラビリティ――「行くならどこ?」と思った瞬間に、まっさきに思い出される状態――を、桁外れの規模で作っているということです。その巨大な“思い出されやすさ”があるからこそ、毎年とんでもない数の人が訪れ、その中の一部が何度も通うリピーターになる。
リサーチくん:リピーターが多いのは、リピーターを囲い込んだ結果じゃなくて、まず広く知られるブランドを作った結果ということですか。
マーケ先生:私はそう読みます。順序が逆なんです。「常連を大事にしたから強くなった」のではなく、「広く強いブランドを作ったから、結果として常連も多く見える」。ここはシャープの見方がよく効きます。ただし――第2弾で出たオックスフォードのトマズの批判も、もう一度効いてきます。彼は「シャープの理論は、大きいブランドが大きいまま回る仕組みは説明できるが、どうやってその地位まで“育てたか”は説明できない」と言いました。ディズニーが100年かけて、あの世界観という唯一無二のポジションを築いた“育て方”そのものは、シャープの理屈の外にあります。
リサーチくん:今の規模を回している説明はシャープ、そこまで育てた説明は別、ということですね。

第2章:スターバックス ― CMなしの強さは、何のおかげか
リサーチくん:次がスターバックスです。最初の問いに戻りますが、本当にCMをほとんど打っていないんですか?
マーケ先生:数字があります。少し古いですが象徴的なので使いましょう。2005年度、スターバックスの広告費は約8,770万ドルでした。これは売上の約1.4%にあたります。同じ時期、コカ・コーラは約25億ドル、ナイキは約17億ドルを広告に使っていて、どちらも売上の約11%でした。桁が違います。そして「伝統的な広告に大きく頼らない」という姿勢は、その後も一貫しています。
出典:Seattle Times、Martin Roll
マーケ先生:ここで分解が要ります。スターバックスの強さは、性質の違う2つが重なってできています。ひとつは店舗そのものです。駅前、オフィス街、商業施設。人の流れる一等地に、これだけの密度で店がある。これは第1弾でいうフィジカル・アベイラビリティ――買いたいときに、すぐ手が届く状態――そのものです。コーヒーが飲みたくなった瞬間に、目の前にある。広告で思い出させる代わりに、店の数と立地で“思い出させている”わけです。ここはシャープの言う通りに効いています。
リサーチくん:もうひとつは?
マーケ先生:体験です。スターバックスは早くから、自分たちを「サードプレイス(家でも職場でもない第三の場所)」と位置づけてきました。あの内装、あの空気、名前を書いてくれるカップ。これは「コーヒーの味」という話を超えた、買う理由になっている。つまり差別化です。緑のサイレンのロゴや季節のカップ(赤いホリデーカップなど)は、それを“ひと目で分かる記号”として支える独自資産で、SNSで勝手に拡散される“タダの広告”にもなっています。
リサーチくん:じゃあスターバックスは、シャープと差別化、どっちの事例なんですか?
マーケ先生:両方です、としか言えません。そして、ここがスターバックスを取り上げる理由でもあります。**主役は体験(差別化)**だと私は思います。人がスターバックスにわざわざ行くのは、サードプレイスという体験を買いに行っているからです。でも、その体験を世界中の人が日常的に味わえるのは、一等地の店舗網という物理的な土台(シャープが効く部分)があるからです。縁(体験という差別化)と床(店舗のアベイラビリティ)が、一杯のコーヒーの中で同居している。第2弾の最後に出た「床と縁」が、そのまま見える解剖台なんです。
第3章:コーヒーとドーナツの3社 ― 同じ棚でも、勝ち方の正体は三者三様
リサーチくん:次はコーヒーとドーナツのチェーンですね。ミスタードーナツ、ドトール、コメダ珈琲。これは規模で差がはっきり出るんじゃないですか? 売上を調べれば、どこが強いか一発で……。
マーケ先生:それが、調べると意外なんです。結論から先に表で見てしまいましょう。
| チェーン | 店舗数(約) | 直近の決算売上高 | その売上の“数え方” |
|---|---|---|---|
| ミスタードーナツ | 約1,040店 | 約584億円(ダスキン フードグループ・24年3月期) | 本部の取り分(加盟店への原材料売上+ロイヤリティ)が中心 |
| ドトール | 約1,070店 | 約840億円(ドトールコーヒー・24年2月期) | 直営が多く、店頭の売上がそのまま乗る |
| コメダ珈琲 | 約1,000〜1,090店 | 約432億円(24年2月期) | 本部の取り分(卸売り+ロイヤリティ)が中心。FC95%超 |
マーケ先生:ポイントは2つです。まず店舗数はほぼ横並びで、3社とも1,000店前後。チェーンの規模としては近いんです。次に、決算の売上高は一見大きくばらつきますが、これは強さの差ではなく**「数え方」の差**です。ドトールは直営が多く、お客さんが店頭で払った金額がそのまま売上に乗るので、大きく出ます。一方、コメダとミスドは本部の取り分(加盟店への卸・原材料売上+ロイヤリティ)で計上するので、レジで払われた金額そのものは決算に乗りません。見かけ上はドトールがコメダの倍近くありますが、これも実力差ではなく、会計基準の違いです。土俵の違う数字を並べて「どこが何倍」と比べるのは誤読なんです。本当に揃えるなら、お客さんがレジで払う総額(お客様売上)で見る必要がありますが、各社が同じ定義で公表していないので、ここで順位はつけません。確かなのは、店舗数で見れば3社は近い、ということです。数字の検証はこちらに譲ります。
出典:ダスキン フードグループ24年3月期、ドトールVSコメダ・財務、事業、コメダ24年2月期(日経)、とどランリサーチくん:規模が似ているなら、面白いのは「勝ち方の違い」のほうですね。
マーケ先生:そこが本題です。ただ、ここで正直に告白させてください。私は最初、この3社を「ミスタードーナツとドトールは、想起と立地で勝つシャープ型。コメダは体験で勝つ差別化型」と分けて説明するつもりでした。でも、歴史を調べたら、それは間違いでした。
リサーチくん:間違い、ですか。
マーケ先生:はい。まずミスタードーナツ。これは私の早とちりが2回ありました。順に話します。私は最初「ミスドはカテゴリーの第一想起で勝つシャープ型」と考え、次に「いや、ドーナツ専門店という棚を一番乗りで作ったポジショニングだ」と考え直した。でも、どちらも史実とずれていました。
リサーチくん:2回も間違えたんですか。
マーケ先生:お恥ずかしい。事実はこうです。日本にドーナツチェーンを最初に持ち込んだのは、実はミスドではなくダンキンドーナツのほうでした。ダンキンが1971年9月に銀座、ミスドが同年4月に箕面。ほぼ同時で、海外1号店という意味ではダンキンが先行組です。つまり「ミスドが無風の棚を一番乗りで取った」わけではない。強力なライバルと同時に走り始めたんです。
リサーチくん:じゃあ、なんでミスドだけ残ったんですか?
マーケ先生:そこが今日いちばん大事なところです。出店数の推移を見てください。
| 年 | ミスタードーナツ | ダンキンドーナツ |
|---|---|---|
| 1971 | 箕面1号店(4月) | 銀座1号店(9月) |
| 1974 | 100店 | - |
| 1980 | 300店 | - |
| 1985 | - | 約77店(直営32・FC45) |
| 1987 | 500店 | - |
| 1990 | 700店 | - |
| 1996前後 | 約950店 | 約74店 |
| 1997 | 1,000店超(年間約200店出店) | - |
| 1998 | 約1,300店規模 | 撤退 |
マーケ先生:ダンキンは1985年頃に約77店まで来たあと、11年間ほとんど増えず、約74店のまま撤退しました。当時の業界紙は「ライバル(ミスド)の1割にも満たない」と書いています。一方ミスドは数百店から千店超へと出店を続けた。広告も、所ジョージさんらタレントを使ったテレビCMや景品(オサムグッズなど)を継続したのはミスド側です(広告費の金額までは公表されていません)。
出典:日本食糧新聞リサーチくん:あ……。これ、棚を作った・作らないの話じゃなくて……
マーケ先生:ほぼ同時に始まったのに、出店(フィジカル・アベイラビリティ)も、想起づくり(メンタル・アベイラビリティ)も、続けた側が勝ったんです。これはまさにシャープが「これで大きくなり、大きいまま回り続ける」と言う通りの勝ち方。だから訂正します。ミスドはシャープがよく当てはまる事例でした。ちなみにダンキンが止まった理由は、運営が西武→ディー・アンド・シー→吉野家と渡り歩き、責任者がころころ替わって一貫した投資ができなかったこと。第1弾の「続けることが最大の参入障壁」が、そのまま出た形です。
出典:王利彰氏の分析リサーチくん:ドトールは?
マーケ先生:ドトールは、逆でした。当時の喫茶店はフルサービスが主流で、コーヒー1杯が300〜400円。そこにドトールは、1980年、ヨーロッパの立ち飲みカフェに着想を得た「セルフ式・1杯150円」という業態を持ち込みます。各種の資料が「セルフ式コーヒーショップの日本における草分け」と書いています。創業者自身も「後発のロースターだったから、他社と差別化するアイデアを探した」という趣旨のことを語っている。つまりドトールも、立地や物量で勝つ前に、「セルフ式の安いカフェ」という新しい棚を、自分で作った側なんです。
リサーチくん:じゃあ、スターバックスは……
マーケ先生:そのドトールが切り拓いた「店でコーヒーを飲む」市場の上に、1996年、「サードプレイスという居心地」という別の棚を重ねて、後から入ってきました。だからドトールとスタバは、同じコーヒーチェーンでも、取っている棚が違う。ドトールは「速い・安い・日常」、スタバは「滞在・体験・少し上」。違う棚に立っているから、共存できているわけです。
リサーチくん:コメダは違うんですか?
マーケ先生:コメダは、マス広告にほとんど頼りません。代わりに「ゆっくり長居できる喫茶店」という体験で選ばれている。客単価も高めで、フードでしっかり稼ぐ。これは想起や立地というより、体験という買う理由=差別化で立っています。
出典:ソルト総合会計・後編
マーケ先生:そこが面白いところです。同じ「コーヒーとドーナツ」の棚でも、勝ち方の正体は3社で違いました。ミスドは、ダンキンという競合と同時に走り、出店と想起を続けたことで競り勝った――シャープがよく効く話。ドトールは、セルフ式という新しい業態(棚)を自分で作った――ポジショニングの話。コメダは、長居できる体験で選ばれている――差別化の話。だから「3社まとめてシャープ型」とも「まとめて差別化型」とも言えなかったんです。
リサーチくん:きれいに貼り分けられない、というのは、こういうことだったんですね。
マーケ先生:そうです。ただ、ひとつ補足させてください。3社のうち、ドトールとコメダは“縁”の側――棚を作る、体験で差別化する――で勝負しました。でもミスドだけは違う。ドーナツ専門店という棚はダンキンと共有していて、勝敗を分けたのは“続けたかどうか”、つまりシャープの床のほうでした。だから今回の中で、ミスドは「シャープが決め手になった」数少ない例なんです。逆に言えば、ライバルと棚を分け合う消耗戦では、シャープの言う通り、続けて広げた側が勝つ、ということです。
出典:ダスキン中間決算リサーチくん:先生、でもひとつ引っかかります。ドトールとスタバは棚が違うとはいえ、「ちょっとカフェで一息つくか」という同じ瞬間には、やっぱり競合しますよね。しかもカフェには契約もないから、いつでも乗り換えられる。だったら、その瞬間に思い出してもらう広告や出店は、やっぱり効くんじゃ……
マーケ先生:効きます。むしろここは、シャープのいちばん強い土俵です。カフェはスイッチングコストがほぼゼロ。だから「ちょっとお茶でも」という瞬間に、どっちが思い浮かび、どっちが目の前にあるか――メンタルとフィジカル、両方のアベイラビリティの勝負になる。新しいお客を取りにいく努力(床)は、どのカフェにとっても重要です。
ここから先は、データで確かめたわけではない、ひとつの仮説として聞いてください。スイッチングコストはどちら向きにもゼロですが、「移りたくなる引力」は、おそらく非対称です。スタバの快適さを知っている人は、わざわざドトールへ下りていく動機が弱い。でも、ドトールのお客にとってスタバは「ひとつ上の体験」なので、引き上げられる動機がある。だとすると、同じ額の広告を打っても、差別化で上に立っている側のほうが、その認知を“来店”に変える率が高いかもしれない。差別化が、広告の費用対効果そのものを底上げしている、という見方です。
リサーチくん:質で上にいると、広告のリターンまで上がるかもしれない、と。
マーケ先生:あくまで仮説です。でも、これと噛み合う動きが、現実にあります。セブン-イレブンやマクドナルドのコーヒーです。味は十分、しかも激安。これが効くのは、「安く・早く・うまいコーヒー」という機能で立っている相手――つまり缶コーヒーや、ドトールのような存在です。機能で立つ者は、もっと安くて十分な機能が出てきた瞬間に、下から食われる。実際、缶コーヒーが縮んでコンビニコーヒーが伸びたのは、この構図に見えます。
リサーチくん:でも、スタバやコメダはそうなりにくい?
マーケ先生:なりにくい。売っているのが「コーヒーという機能」ではなく、「空間・時間・体験」だからです。コンビニのレジ横やマクドナルドのカウンターでは、その体験は出せない。ドトールの狭い席でも出せない。機能で差別化した者は下から食われ、体験で差別化した者は食われにくい。これも仮説ですが、ポジショニングでいう「真似されにくさ(模倣困難性)」につながる話です。価格や味は真似できる。だから下から崩される。空間と体験は、立地・内装・席数・接客を丸ごと変えないと真似できないので、守りが堅いんです。
リサーチくん:じゃあ、ドトールは不利なんですか?
マーケ先生:そこはトレードオフです。体験の側(スタバ・コメダ)は、単価も利益率も高いけれど、市場の絶対量は小さい。機能・激安の側(コンビニ・ドトール)は、単価は薄いけれど、大衆という最大の母数を取れる。床の“広さ”は激安側に、縁の“濃さ”は体験側にある。どちらが正解という話ではなく、自分がどちらの設計で戦うかを決める話です。仮に私がドトールの立場なら、「スタバの快適さを、半額で」と広告したくなる。でも、実際の席の狭さが約束を裏切れば、かえって「やっぱりスタバだな」と差別化を再確認させてしまう。言葉で“上の体験”を名乗るより、ドトール本来の強み――速い、安い、どこにでもある――で勝負したほうが、嘘がないんです。
第4章:ワンダ ― 「朝専用」は、いったい何だったのか
リサーチくん:最後がワンダですね。缶コーヒーの。
マーケ先生:はい。これは、今回いちばん考えさせられる事例です。まず舞台を確認しましょう。2002年当時、缶コーヒー市場は激戦区でした。ジョージア、BOSS、ファイア……各社が棚を奪い合っていた。そのとき、各社が戦っていた“軸”は決まっていたんです。「男性向けか女性向けか」「若者向けか年配向けか」、あるいは「ミルクかブラックか」「加糖か無糖か」。客の属性と、味。この2つの軸の上で、みんなが場所を取り合っていました。
出典:ITmediaリサーチくん:ワンダは違う軸を持ち込んだ、と。
マーケ先生:そうです。アサヒ飲料の開発チームは「缶コーヒーって、そもそも何だろう」という問いから始めて、「目覚めの1杯」「始業前の気合い入れ」というキーワードにたどり着いた。市場調査でも、缶コーヒーが最もよく飲まれる時間帯が午前に集中していた。そこで生まれたのが「朝専用」という、まったく新しい軸です。属性でも味でもなく、時間(飲むシーン)で棚を作った。2002年10月、「ワンダ モーニングショット」が業界初の朝専用缶コーヒーとして発売されました。
出典:J-Net21、アサヒ社史PDFリサーチくん:結果はどうだったんですか?
マーケ先生:発売1週間で約100万ケース、3か月で約500万ケース、1年後には約1,500万ケース。発売前は缶コーヒーで5位だったワンダが、ジョージア、BOSSに次ぐ3位のポジションまで駆け上がりました。
出典:J-Net21リサーチくん:すごい。ところで先生、これ赤い缶ですよね。「朝=太陽」をイメージした「ワンダレッド」っていう。これも独自資産として効いた、って話になるんですか?
マーケ先生:……その質問は、実はとても鋭いところを突いています。少し丁寧に考えましょう。たしかに赤い缶も、「朝専用」というアイコンも、ワンダの独自資産です。でも、順序を考えてみてください。「朝専用」という独自のポジションを取ったから、赤い缶や朝アイコンが、後からそこに紐づいたんです。
リサーチくん:あ。逆じゃないんですね。赤い缶があったから売れたんじゃなくて……
マーケ先生:そう。仮にあの缶が青でも黄色でも、「朝専用」というポジションさえ取れていれば、その色が“朝の缶コーヒー”の記号になっていたはずです。色は、ポジションに後から付いてきた結果であって、原因ではない。効いていたのは「朝専用」という立ち位置そのものです。第2弾でアップルについて話したことを思い出してください。「真似されても伸びるのは、効いているのが見た目(独自性)ではなく、中身やポジション(差別化)だから」。ワンダも同じ構造です。
リサーチくん:じゃあワンダは、独自性の事例というより、ポジショニングの事例なんですね。
マーケ先生:私はそう整理すべきだと思います。そして、ここでフェアにシャープ側の言い分も置いておきましょう。シャープの理屈がワンダについて言えることは、あるにはあります。「朝専用というポジションを取ったあと、それを毎朝の“その瞬間”に確実に思い出してもらうために、赤い缶・朝アイコン・ネーミング・広告を一貫させ続けたこと」――この想起の維持は、たしかに効いています。担当者自身も、先行者のメリットを最大限に享受できた、という趣旨のことを語っています。
リサーチくん:でも先生、それって……「ポジションを取った後の話」ですよね。一番大事な「朝専用っていう棚を見つけたこと」自体には、シャープの理屈は何も言っていないような。
マーケ先生:……鋭いです。そして、それはこの回全体に効いてくる問いです。

「朝専用」を発見したこと――その一番の手柄は、シャープの外にある。そこは、第2弾で名前の出たコトラーやライズ&トラウトの領域、つまりポジショニングの仕事です。
リサーチくん:先行者だから強い、というのもちょっと引っかかります。先に出ただけで一生安泰なら、苦労はないですよね。
マーケ先生:その引っかかりも正しい。シャープは先行者であること自体を絶対視しません。彼の見方は「先に出たから勝つ」ではなく、「その瞬間に最初に思い出される地位(プロトタイプ性)を、想起され続けることで保っている」というものです。裏を返せば、ワンダが「朝専用」を語るのをやめて、想起され続ける努力を止めれば、その地位はいずれ誰かに明け渡される。先行は、預金ではなく、毎朝の積み立てなんです。
まとめ:4組を貫く、一本の筋
リサーチくん:先生、結局どの会社も「どっちが正しい」とは言い切れませんでしたね。
マーケ先生:言い切れませんでした。そして、それでいいんです。むしろ4組を並べて見えてきたのは、もっと大事な“順序”のほうです。ディズニーは、広く強いブランドを作ったのが先で、リピーターは結果でした。スターバックスは、サードプレイスという体験(差別化)が主役で、店舗網のアベイラビリティがそれを支えていました。コーヒーとドーナツの3社は、勝ち方が三者三様でした。ドトールはセルフ式という棚を自分で作り、コメダは体験で差別化し、ミスドは競合と棚を分け合う消耗戦を“続けた”ことで競り勝ちました。ミスドだけは、ポジションよりもシャープの継続が決め手になった例です。そしてワンダは、「朝専用」というポジションを取ったことがすべての出発点で、独自性も想起も、その後に続くものでした。
リサーチくん:多くは「まず立ち位置が先」で、ミスドみたいに「続けた側が勝つ」こともある……
マーケ先生:そうなんです。だから「シャープか、差別化か」と一つに決めようとすること自体が、たぶん間違いです。多くのブランドは、ポジションや差別化という「縁」から始まり、その上に想起やアベイラビリティという「床」を積みます。ただしミスドのように、ライバルと棚を分け合う市場では、「床」のほうが勝敗を決めることもある。現実のブランドは、この縁と床が一社の中に同居していて、どちらか一方だけで勝っている会社は、本当はほとんどないんです。
リサーチくん:理論はどっちが正しいか、じゃなくて……
マーケ先生:「自分の商売では、いま“床”と“縁”のどちらが足りていないのか」。問うべきはそっちです。広く思い出してもらう努力(床)が足りないのか、そもそも立つべき棚(縁)が決まっていないのか。多くの会社は、棚も決めないまま、広く知ってもらおうと広告にお金を使ってしまう。順序が逆なんです。
おわりに
3回にわたって、ブランディングの科学をめぐる論争と、その実例を見てきました。シャープの理論は、強力で、たしかに多くの場面で効きます。けれど万能ではありませんでした。ディズニーの世界観も、スターバックスの体験も、ワンダの「朝専用」も、出発点にあったのは「どこに立つか」という、ポジションの決断でした。
検索の世界も、まったく同じだと思います。記事を増やし、広く知ってもらう努力は大切です。でも、その前に「自分は、お客さんの頭の中のどの棚で思い出される存在になるのか」を決めていなければ、努力は床を磨くだけで終わってしまいます。
検索順位だけでなく、お客さんの頭の中に、自分のポジションを作る。私たちがブログ記事という地道な手段にこだわるのも、結局はそのためです。この分野なら、この会社。そう思い出してもらえる場所を、時間をかけて会社の中に育てていく。それが、4組の解剖を終えて改めて確かめられた、いちばん大事な順序でした。
参考リンク・出典
ディズニー
スターバックス
コーヒー/ドーナツ各社
- ミスタードーナツ 業績・店舗数(ダスキン25年3月期)foodrink
- ミスタードーナツ 公式・歴史(号店記録)
- ミスタードーナツ 店舗数の推移(年表)
- ダンキンドーナツの日本での出店実数・足踏み(昭和60年=約77店、撤退前=約74店「ミスドの1割未満」)日本食糧新聞
- ダンキン撤退の要因分析(運営の一貫性のなさ等)王利彰/Sayko
- ミスタードーナツ/ダンキン(同時期参入・市場の推移)Wikipedia
- ダスキン 決算説明会PDF(原材料売上・ロイヤリティ構造)
- ダスキン フードグループ 売上高約584億円(24年3月期)外食産業ニュース
- コメダHD 売上収益約432億円(24年2月期)日本経済新聞
- ドトールコーヒーショップ(セルフ式カフェの日本における草分け・1980年)Wikipedia
- ドトール創業者「後発ゆえ差別化を模索」東日本コーヒー商工組合
- ドトールVSコメダ 財務比較(前編)ソルト総合会計
- ドトールVSコメダ 事業比較(後編・FC95%/体験)ソルト総合会計
- ミスタードーナツ店舗数の推移 とどラン
- ダスキン 中間決算(TV露出で客数増)













